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zoom RSS 京都ではない何処かへ(2) 〜 長良川

<<   作成日時 : 2018/01/01 08:40   >>

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日本の古典文学では西行法師や源氏物語も、いかに現実というものが儚く、あると思って手に取れば消え、確かなものは何一つないことを表していて、現代の偽ニュースというもののを既に予期していたといえます。
しかし一方、有りやなしや、あるとないが共存していたり、ないと思っていたものがあったり、嘘が現実になったすることも起こりえる、可能性というのも日本の古典文学の魅力かもしれません...




・京都ではない何処かへ 〜 長良川、東海道から中仙道

年末特集の街道歩きも今年で10周年となりますが古典文学の和歌をたどる旅でもありました。
振り返ると2008年が源氏物語が生まれ、更級日記の作者が生まれたとされる年でそれが旅の契機でもあったのを思い出しました。
そして今年ようやく東海道から中山道への乗り換え地点に到達して関が原までたどりつくことができました。

一年前関東では大雪が降る日に名古屋から歩いて、十六夜日記に書かれた墨俣の渡しを見るため長良川を渡りましたが、
実際にその現地まであるいて来ると、長良川と平行して流れる旧尾張川に当時要人が通過する時にだけ、船をつなげて浮橋を設けたと説明に書かれていました。
つまりその地形が墨俣を表しているともいえますが、本で読んで想像したいたものと現実にその場で見るものとがいかに異なるかということを肌で感じました。

長良川を渡ったときあまりの広大さに、人間が技術で自然を支配しているかのような思い込みがいかに錯覚で、人間が作り出しものは極一部、
地球上のほんの薄皮のようなものであり、いまだに世界のほとんどは空と川や海だということを実感しました。
それも街道歩きの醍醐味でもあります。

画像

(かりの世の行き来とみるもはかなしや 身をうき舟をうき橋にして)[十六夜日記]

歌に聞く長良川、雲の切れ間から差し込む、光の浮き橋がかかっていました。




この長良川を渡ってしばらく田園地帯をあるいていくと揖斐川のほとりに目立たない小さな結神社という神社を発見して、
もう一つの十六夜日記の和歌が記されていましたが、これには覚えがなくあとで本を読み返すと確かにページの中に埋もれていて
何度も読んだはずが読みとばしていたものをここで偶然発見することとになりました。
これも本など情報も確かとおもえて必ずしも伝わらない、伝わらなければ意味がないと実感しました。

またこの神社の由来については説明板にも詳しくかいてありませんでしたが、その後急に雨が降り出して
大垣までいけずに手前のローカル線駅で急遽雨宿りして旅を中断し、一年たって年末またそこまで引き返して
この続きを歩くためにたまたま美濃街道を下り上り、両方歩いたおかげで意味がわかってきました。

一年前偶然だったかもしれませんが、自分が生まれ育った木曽街道から長い人生をへて、ようやくまた結びの地といわれる場所で木曽街道へ戻ったことと、
今になるとこれも偶然ではないかもしれないと思えてきます。
また単に個々人の人生と思っていたことも歴史や文学もすべてつながっているようにもおもえて来るのも古典文学の旅の魅力です...

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