特集Xの日 ~ 半農半Xの日


当初防災、災害予知のためにと信頼できる情報を求めているうちアイヌ民話や各国の民話、聖書、ギリシャ神話にたどり着いてしまいました。
しかしそこには、そもそも人類が言葉や文字を発したと同時にすでに人類の滅亡が語られていました。
それは何を意味するのでしょうか...




・特集Xの日 After ~ 半農半Xの日

また次の金曜日は温暖化を訴えて学校ストライキが各地で行われますが、子供のヒステリーとか発達障害だとか、操り人形だとかの投稿を見かけます。
どちらが正しいのか、各地の神話や古代の文化遺産をみると古代以後の人類の知能や感性は劣化をたどっている可能性が高いのです。
生存競争により進化し発達したはずの現代人の方が優れているのか、ただ増えたという現象に過ぎず、恐竜が絶滅したように生き残れる保障はありません。

ナイチンゲールの本によるとアングロサクソン人は寒いといった次の日には死んでいる、ケルト人は足先が冷えただけで大騒ぎするという観察が記録されています。
現代の温暖化問題に当てはめること、現代人は自然や体を犠牲にしてただ表面的に増えて暴走をしているだけかもしれません。

中国の古代哲学を調べていますが、その中に”飛竜天に有り、大人を見るに利ろし”これが今の子供のスクールストライキを予言している気がするのです。
子供より大人の方が操られやすいので、むしろ天に導かれた行動といえるかもしれません。

ゴミ問題や温暖化問題の産業革命後の工業製品を大量生産しての経済発展は幻想かもしれません。
廃棄ガスや廃棄物の行き先がなく循環していない、サイクルが閉じていないなら得られた利益は確定しておらず今のところ全て幻想といえるのではないでしょうか。

ルネサンス論を読んでみると西洋文明は滅亡する宿命にあると書かれています。
すでに19世紀には黒死病が流行して、当時はこの世の終わりをほぼ体験したのだとおもいますが、温暖化は透明な黒死病といえるかも知れませんが、
今度は果たして乗り切れるかまったく保障はありません。
温暖化よりもっと自分が恐れているのは人間の知能がスマートフォンにより低下することとか、グローバル化により同じ物、同じ文化があふれて世界がつまらなくなる灰色の枯渇病の方が危険かもしれません。
しかしルネッサンス時代は黒死病の裏で栄えた文化でもあり、当時は偉大な古代以前の文化の回帰と様々な新しい文化が再生されたので、
21世紀はゴミ問題や温暖化を乗り越えることで新しい文化を生み出せるかもしれません。

食欲の秋でようやく何か食べれるようになってきて、料理の本をみても何も新しい料理はまったくないのです。
どんなにお金があっても、あの最初に食べた料理の味を超えるものはなく、あと一生ただ同じものを食べてくだけのなのです。
最近の気候革命でビーガン(菜食主義)が増えてきていますが、肉でない新たな食材が生まれれば今までに食べたことのない未知の料理を体験できるかもしれません。




経済から少し離脱した暮らしを模索して、麦やお米、そして初めて大豆を作ってみましたが、今の季節は地元のお米をたくさんいただき、
初夏にとれた麦も大量にあり、75%くらいの半自給自足が実現できています。
近隣の農家は高齢化して旧作地となっていく一方で子供達も混じっての新しい農業に取り組んでいる家も見かけます。

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大豆を、見よう見まねでいま乾燥させています。
国や企業を待ってはいられません、自ら大豆をベースに肉の代替食材をできないか試していきたいとおもいます。

去年はすべての枝豆がカメムシに食い尽くされましたが、なぜかその後忽然と姿を消してしまいました。
だったら畑を荒らしてまで無闇に増えた意味はないではないですか。
あの爆発的に繁殖したカメムシやくそ鳥たちはいったいどこに消えたのでしょうか...

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