特集Xの日 ~ フェスティバルのあと
日向灘の地震がから危ないといわれてから、最近では地の底から突き上げてくるような不気味な地震が頻発しております。
東南海巨大地震に万全な備えをしていきたいとおもいますが、
そうかというと先月末に私達のすぐ頭上を隕石がかすめていったといいますから、生きているのが不思議な幻想の世界にいる感じです。
それをNASAや気象庁は事前に知っていたのか、知らなかったのか、報道の後だしをされてもどうしようもありません...
・特集Xの日 After ~ フェスティバルのあと
日本の古典文学では”この世は仮の世”とは良くいい表したもので、その通りの現実を日々目の当たりにしています。
久しぶりに秋葉原に立ち寄ったら懐かしい音楽が鳴っていて数十年前に流行ったRPGゲームのキャンペーンをいまだにやっているとのことであぜんとしました。
思えば株ブームに乗ってしまいこのゲーム会社の株がもう一つのRPGゲームの会社と合併して幻のように消えて大損をしたので、それ以来は株への投資は止めました。
さらに路地の奥の方にいって、ふと見上げるとレトロゲーム館というのがあって懐かしくなって入りたくなりました。
昔8ビットしかない頃の方が音楽も良かったしドット絵もストーリーも芸術の域にあったとおもいます。
技術に果たして意味があるのかとあらためておもいました。
最近は西洋文化の歴史の本が面白くて読んでいますが、アメリカは腐敗した欧州から新天地へ逃げて新たな理想世界を作ろうとしたとのことですが、
格差が広がり、他人のフェース~とかインスタ~とか見れば見るほど不幸になっていくといいます。
原始時代から産業革命、そして現代、これだけ技術が発達し安全になり、多少貧富はあっても何不自由もない程度はお金や物が豊富にあるのに、
なぜ依然人間はこれほど苦しまなければならないのか、絶対におかしいとおもいます。
お金や物質でなく精神の問題が何かあるのかもしれません。
伝説のロックフェスティバルの話が書いてあって、当時は合理主義、個人主義の果てに何かが行き詰って行き場のない人たちがやり場のない辺鄙な開場に集まったのはいいのですが、
集まりすぎて大混乱になって、その混乱から何かが生まれたとされています。
秋葉原といえば自分はニッピンです、アメリカ発のバックパックブームというのに当時熱狂しました。
温暖化や火山でもう日本のアウトドアは先月無理だと思い知らされ、自然からも追放され絶望しました。
とにかくまさか隕石がいつ落ちてくるかも知れない世界にいるのであれば、冷蔵庫の残りの銀ムツを早めに出して
また照り焼き丼にしてとりあえず食べました。
長い梅雨から日差しを浴びた厳しい環境を耐えた小松菜を引っこ抜いてキンピラにして添えました。
銀ムツはもちろんのこと小松菜が辛子のように辛く、これも奇跡の絶品になりました。
また防災の一工夫として、梅雨の間キッチン断捨離を行ったため、こんな恩恵が得られたという例として、
防災用のタンクを縦にしてあたかも家庭内の水道局として使うということができるようになりました。
しかしこのような防災対策をしたとしても隕石が落ちたらひとたまりもないのでしょう...
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